久米 義昌(くめ よしまさ)は、戦国時代の武将。
略歴
鑓場の戦いで父が戦死すると、家臣・上田井出雲に庇護され、播磨国の縁者を頼り、赤松氏のもとに身を寄せた。
後に阿波国に戻って蜂須賀正勝の家臣となった。天正13年(1585年)の四国攻めで、当時は長宗我部方だった一宮城の攻略に参戦し、断水による水攻めを進言したという。
文禄2年(1593年)、亡き父が携わった善学寺を再建した。
出典
参考文献
- 湯浅良幸 編『続・阿波風土記』徳島県教育会出版部〈徳島郷土双書 9〉、1966年5月1日。NDLJP:2985381。 (要登録)
- 『角川日本地名大辞典 36 徳島県』(1986年 ISBN 4040013603)



